大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

前橋地方裁判所 昭和45年(わ)183号 判決 1975年1月31日

被告人 松村美代士

昭二三・一一・一五生 自動車販売外交員

主文

被告人を禁錮一〇月に処する。

この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用中、証人飯箸輝喜、同平塚芳美、同鳥山芳子、同大内一幸、同鈴木タカ子および鑑定人大内一幸に支給した分は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、株式会社マツダオート群馬渋川営業所に勤務し、自動車の販売のため、反復継続して、自動車を運転するなどして自動車運転の業務に従事する者であるが、昭和四四年七月一五日午後七時一〇分ころ、普通乗用自動車(群五は二九六八号)を運転し、勢多郡北橘村地内県道渋川下久屋線を赤城村方面から渋川市方面に向かい時速約七〇キロメートルで走行中、同所大字八崎一八五番地附近道路にさしかかつた際、時速約五〇キロメートル位で先行する普通乗用自動車を追い越そうとしたが、同所附近は右に曲る道路で道路右側のブロツク造りの倉庫に遮られて前方の見通しが困難であり、かつ前記車輛は、被告人が販売する目的で買手に見せるため一月位前からいわゆる中古車展示場に置かれていたものを充分な整備をせずに右後輪だけをいわゆるスペアータイヤと交換したのみで運転していたものであるから、右自動車により、同所において追い越しをする等左後車輛に無理な力を生ずる運転方法は避けるべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、漫然同一速度で前記倉庫左側角から約一〇五メートル位手前から道路右側に進出し、更にいわゆるギヤーをサードにして後輪の力を増強の上右先行車追い越しの挙に出て、約六〇メートル進出し、反対方向から対面進行してくる普通乗用自動車を前方約六五メートルに認め、急激にハンドルを左に切り、更に、これに連動して前方右カーブを回ろうとした過失により、左後輪タイヤに強い圧力をかけてこれをパンクせしめ、これにより自車右前後輪を浮かせつつ、左前後輪のみによつて約四〇メートル滑走して、道路右側に進出し前記倉庫左角に自車前部を衝突させ、折から、前記対向車両に後続して道路右側を進行してきた嶋村昇(当時三五年)運転の原動機付自転車(赤城村〇七八九号)に、自車の左側部を衝突させ、よつて同人を十数メートル撥ね飛ばし、頭蓋骨々折により即死するに致らせたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法二一一条前段昭和四七年法律第六一号附則一条により、同法による改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するので所定刑中禁錮刑を選択し所定刑期の範囲内で被告人を禁錮一〇月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右の刑の執行を猶予することとし、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文を適用し、訴訟費用中、証人飯箸輝喜、同平塚芳美、同鳥山芳子、同大内一幸、同鈴木タカ子および鑑定人大内一幸に支給した分を被告人に負担させることとし、その余の部分は負担させないこととする。

(被告人の責任について)

記録によると、被告人の運転していた自動車(以下本件自動車という)の左後輪タイヤがパンクしていたことが明かであるが、このパンクが何時いかなる原因で生じたかにより、被告人の刑責の有無並びに責任原因が左右される。すなわち、仮にパンクが本件自動車の滑走以前に生じていたとするならば、その後の自動車の運動は被告人の意思に無関係であり、これが原因で生じた事故につき被告人の責任を求めるには、被告人においてこのパンクを予見することができた特別の事由が存在しなければならないのである。

この点につき検察官は、本件自動車左後輪のパンクは本件事故後本件自動車が、路外に転落した衝激により生じたものであると主張するが、右に添う証拠としては証人松土孝の当公判廷における供述および同人作成の鑑定書が存するものの、同証拠によるもの「確実には不明であるが」とされているもので、いずれも、検察官の右主張を認定する証拠としては充分なものでない。

前掲証拠の標目記載の証拠によると本件自動車左後輪タイヤは判示の経過と原因によりパンクしたものであることが認められる。

一般に現在販売される自動車は、現在の激しい交通状勢において、或る程度の高速で急ハンドルを切らなければならない突発的現象にも対処できる構造と機能を持つているはずであり、判示事実のような道路および交通状況のもとに、判示のような運転をしたとしても、(運転者がいわゆる無謀運転の謗を免れ得ないことは別として)タイヤがパンクすることまでは予測できないものと言うべきである。しかしながら、本件において、被告人は、本件自動車がいわゆる下取されたもので、約一月前から中古車展示場に置かれていたもので、いわゆる車の整備はされておらず、始業点検の際に、右後輪の空気圧が少なかつたので、スペアータイヤと交換しているのでありこの時点で左後輪も若干空気圧が少なかつたことも当然予想できたはずであるから、あたかも競争中の車がなすようにいわゆるサードギヤー(新井敏之の司法警察員に対する供述調書によりギヤーはサードに入つていたものと認める。)にして追い越し、急に左にハンドルを切り、更に右カーブを回ろうとするような左後輪に強い圧力のかかる運転をすればパンクもあり得るかも知れないことを予見可能であつたと言うべきである。そして本件自動車の左後輪がパンクすれば、対向車との衝突が起り得ることは当然予見し得るところである。

そうすると被告人は本件自動車を用いて判示のような状況のもとにおける追い越しは回避すべき注意義務が存在したのであり、結局、検察官の提起した訴因につき、刑責を免れ得ないものである。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 多田周弘)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例